シェイクスピアは別人だった?「シェイクスピア別人説」をわかりやすく解説
「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」
『ハムレット』『ロミオとジュリエット』『マクベス』『リア王』など、数々の名作を残したウィリアム・シェイクスピア。
世界で最も有名な劇作家の一人ですが、実は昔からある不思議な説が語られています。
「シェイクスピア作品を書いたのは、本当は別の人物だったのではないか?」
これが、いわゆる「シェイクスピア別人説」です。
なぜ、これほど有名な作家に「別人説」が生まれたのでしょうか。
この記事では、シェイクスピア別人説が生まれた背景や、有力候補として名前が挙げられてきた人物、そして現在の研究ではどのように考えられているのかを、できるだけわかりやすく紹介します。
※この記事は「別人説」を事実として断定するものではありません。歴史上語られてきた仮説の一つとして紹介しています。
そもそもウィリアム・シェイクスピアとは?
ウィリアム・シェイクスピアは、1564年にイングランド中部のストラトフォード=アポン=エイヴォンで生まれたとされる劇作家・詩人です。
- 『ハムレット』
- 『マクベス』
- 『オセロー』
- 『リア王』
- 『ロミオとジュリエット』
- 『夏の夜の夢』
など、現在でも世界中で上演・研究される作品を残しました。
英文学に与えた影響は非常に大きく、まさに世界文学を代表する存在です。
ところが後世になって、
「本当にこの人物が、すべての作品を書いたのだろうか?」
という疑問を持つ人々が現れました。
これが、いわゆる「シェイクスピア別人説」です。
なぜ「シェイクスピア別人説」が生まれたのか?
別人説を理解するうえで重要なのが、
「作品の豊富な知識と、作者本人について残された情報とのギャップ」
です。
シェイクスピア作品には、政治、歴史、法律、宮廷社会、外国、古典文学など、非常に幅広い題材が登場します。
そのため後世の一部の論者は、
「地方出身の人物が、どうしてこれほど幅広い知識を持っていたのだろう?」
と疑問を持ちました。
また、シェイクスピア本人の私生活について分からない部分が多いことも、さまざまな推測を生む原因となりました。
ただし、ここで注意したいことがあります。
「分からないことが多い=別人だった」
というわけではありません。
16~17世紀の人物について、現代人と同じように大量の個人記録が残っているとは限らないからです。
そのため別人説を楽しむ場合には、史実と推測を分けて考える必要があります。
シェイクスピアの「正体」として名前が挙げられた人物
シェイクスピア別人説には、実にさまざまな候補者が存在します。
ここでは、特に有名な人物を紹介しましょう。
候補① フランシス・ベーコン
別人説の候補として古くから有名なのが、フランシス・ベーコンです。
ベーコンは哲学者・政治家として知られる人物で、非常に高い教養を持っていました。
そのため、
「シェイクスピア作品に登場する法律や政治などの知識を考えると、ベーコンのような知識人が作者だったのでは?」
という説が唱えられるようになりました。
これが、いわゆる「ベーコン説」です。
さらに一部では、
「作品の中にベーコンが残した暗号が隠されている」
といった説まで登場しました。
まるで歴史ミステリー小説のような話ですが、ベーコンがシェイクスピア作品の真の作者だったことを決定的に証明する証拠は確認されていません。
候補② エドワード・ド・ヴィア(オックスフォード伯)
別人説の中でも特に有名なのが、オックスフォード伯エドワード・ド・ヴィアを作者と考える説です。
いわゆる「オックスフォード説」です。
ド・ヴィアは貴族であり、宮廷社会との関係を持ち、文学にも関心があった人物でした。
シェイクスピア作品には王侯貴族や宮廷を舞台にした物語が数多く登場します。
そこで、
「これほど宮廷社会を詳しく描けるのは、実際にその世界を知っていた人物ではないか?」
と考える人々が現れました。
一方、大きな問題もあります。
ド・ヴィアは1604年に亡くなっています。
シェイクスピア作品の中には、それ以降に成立したと一般的に考えられている作品も存在するため、年代の整合性について議論があります。
この点は、オックスフォード説を考えるうえで重要な論点の一つです。
候補③ クリストファー・マーロウ
さらに興味深い候補が、劇作家クリストファー・マーロウです。
マーロウはシェイクスピアと同時代に活躍した人物で、『フォースタス博士』などで知られています。
ところがマーロウは1593年、若くして亡くなりました。
ここから非常に大胆な説が生まれます。
「マーロウは実は死んでいなかったのではないか?」
というものです。
何らかの事情で死を偽装し、その後「シェイクスピア」という名前を使って作品を書き続けたのではないか――という説まで唱えられました。
歴史ミステリーとしては非常に面白い話です。
しかし、マーロウが生き延びてシェイクスピア作品を書いたことを示す確実な証拠はありません。
そもそも、なぜ別人の名前を使う必要があるの?
ここで一つ疑問が生まれます。
仮に別人が作品を書いていたとして、
「なぜ自分の名前で発表しなかったのか?」
という問題です。
別人説を支持する人々からは、次のような可能性が指摘されてきました。
- 高い身分の人物が劇作家として活動することを避けた
- 政治的な問題を避ける必要があった
- 宮廷内部の事情を作品に反映させていた
- 何らかの事情で身元を隠す必要があった
ただし、これらも基本的には仮説です。
「匿名にする理由が考えられる」ことと、「実際に別人が書いた」ことは別問題なので注意が必要です。
「シェイクスピア本人が書いた」と考える根拠もある
ここまで読むと、
「もしかして本当に別人だったのでは?」
と思うかもしれません。
しかし現在の主流の研究では、一般的にストラトフォード出身のウィリアム・シェイクスピアが作品を書いたと考えられています。
その理由の一つとして、同時代の記録があります。
シェイクスピアは劇団「国王一座」などに関係する俳優・劇作家として活動しており、同時代の人々から作家として言及されています。
また1623年には、シェイクスピアの死後に戯曲集『ファースト・フォリオ』が出版されました。
そこでは同時代の劇作家ベン・ジョンソンをはじめ、シェイクスピアを作者として扱う記述が残されています。
つまり、
「シェイクスピアという人物と劇作品を結びつける歴史資料そのものが存在する」
わけです。
そのため研究者の間では、別人説よりもシェイクスピア本人を作者と考える見方が主流となっています。
「学歴が低いから書けない」は本当?
別人説で語られることがあるのが、
「シェイクスピアの経歴では、あれほど高度な作品を書くのは難しいのではないか」
という主張です。
しかし、この考え方にも注意が必要です。
当時の教育を現代の「大学卒」「高校卒」といった感覚だけで判断することはできません。
シェイクスピアが通ったと考えられているグラマー・スクールでは、ラテン語や古典文学などが教育されていました。
また劇作家としてロンドンで活動すれば、俳優、作家、貴族、商人など、多種多様な人々と接する機会もあったでしょう。
さらに作家は、自分が直接経験したことしか書けないわけではありません。
資料を読み、他人から話を聞き、想像力を働かせて未知の世界を書くことこそ、文学の大きな特徴でもあります。
実は「完全な一人執筆」ではなかった可能性も?
ここで別の意味で興味深い研究があります。
シェイクスピアの作品すべてが、必ずしも完全に一人だけで書かれたとは限らないという考え方です。
当時の演劇界では、複数の劇作家が共同で作品を書くことは珍しくありませんでした。
現在では、一部のシェイクスピア作品について他の劇作家との共同執筆だった可能性が研究されています。
これは、
「シェイクスピアという人物は存在せず、別人が全部書いた」
という別人説とは異なります。
シェイクスピア本人が中心的な作者だったとしても、一部の作品では他の作家と協力していた可能性がある、という話です。
文学作品が「一人の天才だけによって完成した」と考えるより、当時の劇場文化の中で生まれた共同作業として見ると、シェイクスピア作品の違った側面が見えてきます。
シェイクスピア別人説の面白さとは?
では、証拠が十分ではないのに、なぜ別人説はこれほど人々を魅了するのでしょうか。
理由の一つは、
「歴史には完全には埋められない空白がある」
からではないでしょうか。
400年以上前の人物について、私たちが知ることのできる情報には限界があります。
- 残された手紙
- 公的記録
- 出版された本
- 同時代人の証言
そこから人物像を組み立てていくしかありません。
その「空白」に想像力が入り込むことで、
「実は別人だったのでは?」
という歴史ミステリーが誕生します。
だからこそ、シェイクスピア別人説は現在まで語り継がれているのでしょう。
もし本当に別人だったら?
少しだけ想像してみましょう。
もし未来の研究で、
「シェイクスピア作品を書いた人物は別にいた」
という決定的な資料が発見されたらどうなるでしょうか。
世界文学史を揺るがす大発見になることは間違いありません。
『ハムレット』も、『マクベス』も、『ロミオとジュリエット』も、まったく違った視点から研究されることになるでしょう。
しかし興味深いのは、作者の正体が変わったとしても、
作品そのものの価値は消えない
ということです。
400年以上にわたって人々を魅了してきた登場人物、名台詞、物語はそのまま残ります。
「誰が書いたのか」という謎と、
「なぜこれほど人の心を動かすのか」という文学の魅力。
この二つを同時に楽しめるところに、シェイクスピア研究の面白さがあるのかもしれません。
まとめ|シェイクスピア別人説は「歴史ミステリー」として楽しもう
シェイクスピア別人説では、これまでフランシス・ベーコン、エドワード・ド・ヴィア、クリストファー・マーロウなど、さまざまな人物が「本当の作者候補」として挙げられてきました。
しかし、現時点でシェイクスピアとは別の人物が作品を書いたと決定づける証拠はなく、研究上はウィリアム・シェイクスピア本人を作者とする見方が主流です。
それでも別人説が面白いのは、歴史に残された「空白」を考える楽しさがあるからでしょう。
400年前のイングランドで、本当は何が起きていたのか。
私たちが知っているシェイクスピア像は、どこまで本当なのか。
答えの出ない謎だからこそ、想像してみる価値があります。
そして別人説を知ったあとで改めて『ハムレット』や『マクベス』を読んでみると、
「この文章を書いていた人物は、いったいどんな人だったのだろう?」
と、これまでとは少し違った読書を楽しめるかもしれません。
